昇段レポート 弐段 佐々木 弘記 2025/11/23

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二段昇段試験所感

                    岡山西支部 初段 佐々木弘記(空手歴37年)

私が極真会館の門をたたいたのは、27歳のときでした。仕事の事情で道場を中断する時期を挟みながらも再び道着に袖を通し、通算22年を経た49歳のときに初段を允許されました。その後も年齢と向き合いながら少しずつ稽古を続け、さらに15年をかけて、このたび二段昇段という節目に至りました。

この30有余年に及ぶ歳月の中で、私の人生には少なくとも二度、大きなターニングポイントがありました。それまでに積み上げてきたものに深い迷いを抱き、「これから自分はどのように生きていくべきか」と真剣に自問した時期です。振り返ると、そのいずれの局面にも、距離の近いか遠いかの違いこそあれ、必ず傍らに極真空手の存在がありました。

道場での稽古は、決して華やかなものではありません。基本動作の反復、息が切れるまでの移動稽古、打たれ、倒れ、それでも立ち上がる組手──そうした地味で厳しい時間の連続の中で、「まず目の前の一歩に全力を尽くす」という姿勢が、少しずつ身体に刻み込まれていきました。人生の大きな曲がり角に直面したとき、私を支えてくれたのは、特別な言葉ではなく、この稽古で培われた感覚でした。「あの稽古を耐え抜いてきたのだから、まだやれる」「今日一日だけでも踏ん張ってみよう」と自分に言い聞かせることができたのは、極真空手と共に歩んできた年月があったからにほかなりません。

最近、所属支部で新たに作成されたTシャツの背中には、「No Karate, No Life」というスローガンが記されています。空手がなければ自分の人生は成り立たなかった、という思いを端的に示した言葉ですが、これは誇張ではなく、まさに私の半生を要約した一文だと感じています。入門から昇段に至るまでの歩みを振り返ると、もしその間に極真空手がなかったならば、先述した二度のターニングポイントを乗り越えることはできなかっただろうと実感します。その意味で「No Karate, No Life」は、単なる標語ではなく、「空手抜きには今の自分の人生を語ることはできない」という、私自身の心境の表現そのものです。

大学で教育と研究に携わる者として、私は学生たちに、安易な近道を求めるのではなく、地道な学びの積み重ねと継続の中にこそ本質的な成長があることを、できるかぎり伝えていきたいと考えています。その背景には、極真空手の稽古を通して、「粘り強く続けることで、少しずつではあっても確実に変化が生まれる」という感覚を、ささやかながら経験してきたことがあります。授業で用いる一つひとつの言葉の背後には、そうした道場での汗や息づかいがどこかで生きていればよいと願っています。それもまた、「No Karate, No Life」という言葉に私が込めている思いの一端であるように感じています。

今回の二段昇段は、決して私一人の努力の成果ではありません。極真会館岡山西支部 倉敷大内道場において、長年にわたり終始ご指導くださった岩田師範、薮井師範代をはじめ、諸先生方・先輩方、そしてともに稽古に励んできた同門の皆さんのおかげです。技術面の指導のみならず、極真の精神と「道」としての在り方を、その背中で示してくださったことに、心より感謝申し上げます。

さらに、毎週の稽古に通う私を温かく見守り、支え続けてくれた家族の存在も欠かすことはできません。家庭での理解と協力があったからこそ、年齢を重ねてもなお道場に立ち続けることができました。この場をお借りして、道場の皆さま、そして家族に深く御礼申し上げます。

二段昇段は、一つの到達点であると同時に、新たな出発点でもあります。これまで以上に基本を大切にし、心技体すべてにおいて慢心することなく、自らを磨き続けていきたいと考えています。そして、極真空手で培ったものを、道場内のみならず、教育現場や地域社会へと少しずつ還元していくことが、私に与えられた役割だと受け止めています。「No Karate, No Life」という言葉を胸に、これからも極真の道を一歩一歩歩み続ける所存です。