< 行事予定 >
*11月18日(日) 昇級審査(清水公園体育館)
*11月24日(土) 全関東大会(茨城県武道館)
*12月16日(日) 千葉県少年部団体戦(柏市中央体育館)
* 1月13日(日) 支部鏡開き(清水公園体育館)
* 2月 2日(土)・3日(日) 冬合宿(那須塩原)
* 2月24日(日) 昇級審査(清水公園体育館)
※ ↑ 上記行事中は各道場休館になります。
< 冬季休館のお知ら >
*せんげん台道場 12月28日(金)~1月4日(金)まで
*愛宕道場 12月26日(水)~1月4日(金)まで
*流山道場 12月27日(木)~1月6日(日)まで
*我孫子道場 12月26日(水)~1月5日(土)まで
*松伏道場 12月27日(木)~1月5日(土)まで
< 全日本大会の結果 >
10月27日(土)・28日(日)武蔵野の森総合体育館にて、
第50回全日本空手道選手権大会 が行われました。
優勝 上田幹雄(横浜北支部)
準優勝 鎌田翔平(東京城西支部)
3位 荒田昇毅(千葉県中央支部)
4位 キリル・コチュネフ(ロシア)
< 空手の本土普及 >
先日、新聞の中で(9月22日朝日新聞の折り込み)沖縄から空手が本土に入って来た経緯が記載
されていた。元々琉球で『手』ティーと呼ばれたものが有り、中国などの貿易で多様なものを
取り入れたものが進化した形で空手の元に成ったとされます。(その他の説有り)新聞によります
と、沖縄発祥の空手は1920年(大正9年)に船越義珍や宮城長順らが本州へ渡り道筋をつけた。
1922年(大正11年)5月東京の講道館道場で沖縄から出張していた船越義珍が同門の空手家と2人で
嘉納治五郎はじめ、柔道家ら数百人に演武を披露していた。船越は小柄で鋭い動きをしていたと
言う。その後、船越の弟子が日本初の大学空手部として1924年(大正13年)10月15日慶応義塾大学
(船越義珍師範就任)に誕生させ(松濤館)その後、宮城長順の剛柔流は立命館大学、摩文仁賢和の
糸東流は関西大学、大塚博紀が和道流を東京帝大に、ここに四大流派として誕生した。空手は
先程言いましたが、琉球武術『手』ティーが中国武術などの影響を受けて『唐手』トゥティーと
なり、明治時代に『唐手』カラテと読まれる様になったとされ、より全国に受け入れられる様にと
表記を『空手』に改めたのが船越だったと言う。私自身も勿論空手を教えている身としてはある
程度は分かっていましたが、違う形(書籍など)のもので、琉球は薩摩の支配下に成った時、武器を
取り上げられ鉄などの物資が乏しく素手で戦えるものとして『手』が南京との貿易などと一緒に
入って来た武術の影響でつくられたと書いてあるものもあった。その他に講道館での演武披露の
時、柔道着を身に纏った事でこれを空手の動きに改良され薄くなり今の空手着に成っていったと
別の本に書いてあったと記憶しています。有段者の段位は将棋や囲碁から、細かい色帯は当時
極真会館のN師範の案だったとやはり別の本に書いてあったと思います。
皆さんも空手をしている者としてこの機会に一度調べてみては如何でしょうか。
< 思考力 >
或る日、少年部の指導をしていて、やる気がなくたらたらしている生徒が目に入り全体を見渡すと
気合の入ったやる気の有る生徒が2割、やる気がなく声を出していない生徒も2割位、他はなんとな
くやっている生徒だった。これでは同じ大切なお金を払って子供のために入会させて下さっている
保護者の方に申し訳ない。どうしたらやる気になってもらえるかと考えていました。その生徒達に
アプローチしてみると『空手がつまらない』『スパーリングが嫌』『早く終って帰ってゲームが
したい』など。別の視点で観た所、その生徒達は皆私の話を聴いていません。
そこで彼らに聴いて(まず聴く事から)もらうためアメリカの特に大学で行われているディスカッ
ション方式で生徒の力を引き出すやり方に共感を抱き、それからしばしば問題を作ったり、ネタを
得たりしています。先日TVか本か忘れましたが『電車の中での席』についての話があったので
これを題材としてやってみる事にしました。『電車がある駅に停車し、お爺さんが乗って来まし
た。お爺さんが席に座りたくても満員で席が空いていません。しかし、お年寄りなので誰かが席
を譲っても良さそうなものを、誰一人として譲ろうとしません。それは何故でしょう?』と言う
ものです。この問いを出す時は、きちんと座らせ、全員の顔を見て抑揚を付けて話します。
すると全員がこちらを向いて考えます。最初に手を挙げた生徒から答えてもらうのですが、大体
『席を代わりたくないから』と同じ様な答えが出ます。何人かの後、いつもやる気の無い生徒(ゴ
メン!)が『座っている人が全員年寄だから』と答えると周りがこう言う考えが有るのかと思っ
たのでしょう次の生徒が今度は『全員怪我をしていたから』又、次の生徒は『全員病気だったか
ら』や『全員赤ちゃんが生まれるから(妊婦の事か!?)』など色々な答えが出て来ました。
『でも全員〇〇だからと言う確率は少ないのでは?』と言うと『怪我の人、妊婦の人、代りたく
ない人がいた』となった。又、いつも哲学的な思考を持っている子がいて彼は『老人の足腰が弱ら
ないためにあえて席を代わらなかった』と。全員楽しそうに話していました。
このディスカッションや以前お話ししたジャンケン腕立てなどを稽古に入れると生徒は楽しく参加
します。極真会館には勿論稽古体系があるので大きく崩す事はいけませんが、時には盛り上げない
とだんだん離れていってしまいます。時代も代わろうとしています。生徒に考える力を付けさせて
どうしたら基本、移動、型が上手く成るかと考えられる様に、そしてやる気に繋がっていくか、
色んな事が向上すれば指導者としては嬉しい限りです。(皆、とにかく話を聞いてくれ!)