下総ファミリー83号 2015/09/26

< 行事予定 >

*11月15日(日)     昇級審査(清水公園体育館)

*11月20日(金)~23日(月) 世界大会・ワールドユース他(東京体育館)

*12月13日(日)     秋季関東大会(駿河台大学)

*12月20日(日)     千葉県少年部団体戦(柏市中央体育館)

※ ↑ 上記行事中は各道場休館になります。

< 世界大会 >

12月20日(金)~23日(月)東京体育館い於いて、第11回全世界空手道選手権大会

が行なわれます。当支部からは、小沼隆一 初段(愛宕)が出場します。

今年のウエイト制大会では決勝で敗れ辛酸を嘗める事になりましたが最低限の条件を

クリアし見事世界大会へのキップを手に入れてくれました。小沼初段にとっても集大成

の試合となると思われます。この為にキツイ稽古を重ねてきてそれこそ色々なものを

犠牲にし頑張ってきたと思います。『小よく大を制す』過去にも小さい人間が大男を倒し

世界チャンピオンになった人もいます。気持ちの強さ、精神力では小沼初段はトップクラス。

後は試合運びや纏め方をいかに上手くできるか。そして当日までの健康管理や大きな怪我

をしない事等問題点を解決しなくてはなりません。最近の負けたビデオ等でなぜ負けたのか?

どの様に勝てば良いのか?その負けた相手に勝った選手はなぜ勝てたのか?あるいは

自分の勝った試合を観てどの様にして戦っているのか!等色々な解決策はあると思います。

小沼初段は今、一番身体を苛めている時だと思います。

小沼初段の魂のこもった戦いを是非現場に足を運んで頂いて感動を共にしましょう。

チケットは各道場にて販売致します。

< 理不尽+強制+かわいがり=強い心!?(忍耐力) >

理不尽を辞書等で調べると道理に合わない事や筋道が通らない事等。

強制を調べると力によって他人を従わせる事。むりじい・かわいがりを調べると可愛がる。

しかしここで言う『かわいがり』は古く日本のスポーツ界の隠語とされるものでどちらかと

言うと軍隊の流れで躾や心身鍛錬の為の厳しい練習や稽古で痛く苦しい思いをさせて

鍛える事を意味します。

理不尽と言えば広島東洋カープの黒田博樹投手の事が書物に書かれていました。

黒田投手が練習試合で打ち込まれ監督に『おい黒田。もうお前の顔なんて見とうない。

ユニフォーム脱いで走っとけ!』と命じられた。4日間毎日グラウンドの外野フエンス沿いを

早朝6時から夜の22時まで走らされた。監督が止めと言われるまで止めてはいけなかった。

しかも疲れて立ち止まっている姿を監督に目撃されるとストップウオッチで計りながら『黒田は何分

休んでんねん』って事になる。この話はアメリカでも本当にこんな事があったのかとヤンキース

時代に話題になりました。私の知り合いが高校に野球をしに行きました。一年生になると二年生が

勝手に一年生から舎弟となる人間を選んだ。『お前は今日から俺の舎弟だ!』と。舎弟になった

人間はその二年生にお茶やタオル等を用意させられる。それを二年生は舎兄である三年生に渡す。

二年生のマッサージや席とり色んな事をさせられた。それなのに自分達はお茶の入った水筒は禁止

されていたので自分が持っている水筒は勿論先輩の為の物だった。三年生は一年生に優しかった。

と言うよりも優しいと思っていた。実は一年生の態度が少しでも悪いと(挨拶の声が少し小さい等)

二年生に『ケツバット』と言ってお尻をバットで(金属バット)かなり強く叩かれあまりの痛さに涙する人も

いました。中には尾てい骨が折れそれでも家で怪我をした事にして何事もなかったかの様にしていました。

(先輩の恐さを考慮)当然そうすると一年生は全員呼び出され連帯責任という事で二年生に“かわいがられ”

勿論倍返し以上。一年生の中でも関係ない奴はその一年生にも当たる。場合によってはその一年生は

部活を辞めると言うよりも学校から逃げる。練習もキツイ野球部は彼らの時代朝練を含めると7時間位

練習をした。野球部は午後の授業が無かった。学校が休みの日は朝から夜遅くまで365日(修学旅行も

旅先で集まって行った)休みが無かった。真夏の暑い中の練習は堪えた。喉が渇き倒れそうになっても水は

飲めないというよりも飲んではいけなかった。野球のグラウンドの周りは田んぼでファールボールが球場の外へ

飛んで行くと球場の周りに立っていた一年生が何人かなぜかその時だけ元気良くボールを追いかけて行っ

た。それは田んぼに流す(本来は飲用ではない水)がこっそり飲めるからだ。ある者は練習中トイレに行って

はいけない暗黙のルールだが腹痛を訴えトイレに行き水洗の水を飲んでいた。手洗いは外で皆から良く

見える所にあったので飲めなかった。しかし当時の人間は今の子の様にあまり熱中症で倒れなかった気が

します。当時倒れたら弱い人間のレッテルを貼られ水を掛けられ罵声を浴びせられたりした。よく考えてみる

とその様に理不尽な場でも今言った様に田んぼやトイレの水を補給したりこっそり生きていく術を見につけて

いたので倒れる人が少なかったかも知れない。あと、テレビ等の媒体もあまり伝えなかったのかもしれない。

昔の人は子供の躾に厳しく礼儀正しく心の強い子を作ろうとしました。そういった行為には理不尽が付きも

のでした。例えば明治に活躍した乃木希典将軍は子供の頃、雪の上に裸足で立たされ剣の素振りを強い

寒いと一言でも漏らせば身体に冷水をかけられたという。

空手道場も然り。昔の本部の話を古い先生方から聞かせて頂いた。稽古が終わる度に『この歯だれの

だ!?』と言われたり、雑巾が真っ赤になったり日常茶飯事だったそうです。たしかに我々の時は間違って

先輩の顔を蹴ったら『殺される!』と思いました。顔面パンチはあたりまえ『押忍!!参りました!!』と

言うまで大変な目に遭いました。

初めて総本部い出稽古に行かせて頂いた時それは帯研で回転稽古が多いと聞いていましたがこれ程まで

とはと思った出来事です。その稽古は20人位いたと思ったのですが5本蹴りが始まり前列で終わりかなと

思ったら次の列へ行ったので一周全員やるのかと思いました。すると一周したにも拘らず又、始めの人に

周り本当に一時間近く永遠の様に行なわれました。しかもこの日1時間半と聞いていたのに3時間近く稽古

が行なわれました。本当にキツかったです。これも総本部の方から聞いた話ですが、ある夏の暑い日に

恐い師範が稽古の時急に出張になりクーラーが稽古場にあったのですが勿論つけてはいけないので(窓も

開けてはいけない)その中で稽古をするのですが、師範が出て行かれたのを見計らって全員一致でクーラ

ーをつけました。気持ちよくクーラーの元で稽古をしていると突然師範が帰られて『何だこれは!どうせ

こんな事だと思っていた!』となんと暖房を入れられ死にそうな思いで稽古をさせられたとの事です。

半分自分達の責任でもありますね・・・

話は変わりますが30年近く前本部の合宿に参加した時、黒帯と色帯の差を物凄く感じたのを覚えています。

黒帯が神様で色帯はまるで奴隷(いいすぎですけど)の様でした。黒帯は少人数の部屋で色帯は大部屋だ

ったと思います。色帯は付き人の様に色々とやってくれました。布団を敷いたり畳んだり黒帯だけビールも

飲めました。それでもめげずに色帯の人は頑張っていました。当時の合宿は稽古の途中水分補給はあり

ませんでした。水を飲んではだめですし飲んではいけないと思っていました。ところが20年振り位に本部の

合宿に参加した時あまりにも変わっていたのでびっくりしました。部屋は色帯と一緒で下の人間が最初に

寝場所を取り部屋で気楽に音楽を聴いたりゲームで遊んだり稽古中は水分も摂らせてもらえました。

今思うと試合で簡単に諦めたり倒れたり甘えが出たりするのは『ひょっとしたら』この理不尽、強制、かわい

がりが無くなってきたからかな?と思ってしまいました。(勿論今の時代には合っていません)昔の?人で

私達よりも強くなるはずの人も沢山いたと思いますが最後は我慢強く耐えられた人間が残りハートの強い

選手が多かったのかもしれません。今の時代に合った理不尽、強制、かわいがりに変わるものは、

目標・意識をもって覚悟を決め、自分でキツイと思う稽古をしっかりとし甘えず手を痛めたらその分足等の

違う部位を鍛え行なえば試合で苦しいとき身体が『俺はこれだけ色んな事を犠牲にし、頑張ってきたんだ』

と気持ちが出てくると思います。

少年部には出来れば楽しく稽古をしてもらいたいですけど親等に外的圧力をかけられ可哀相な子供もいま

す。多少は厳しさも必要ですが程々に!人間嫌な事を沢山経験すると強くなりますよ!多分。(絶えられな

い時は相談する人を探してネ!)