< 行事予定 >
*6月 4日(土)・5日(日) 全日本ウェイト制大会(大阪府立体育館)
*6月19日(日) 支部交流試合(清水公園体育館)
*7月18日(祝) 全関東大会(墨田区総合体育館)
*7月22日(金)~24日(日) 支部夏合宿(九十九里海岸)
※ ↑ 上記行事中は各道場休館になります。
< 健康セミナー >
今秋、倉本成春先生によります”健康セミナー”を予定しております。
詳しくは後日配布予定です。
< 夏合宿 >
7月22日(金)~24日(日)九十九里海岸に於いて支部の夏合宿が行なわれます。
年々参加者が減り寂しい限りです。色んな事情があると思いますが基本的に
上級者の必須条件の一つとして考えられています。初級、中級の人も下総ファミリー
との交流の場でもあり終わった後の充実感など得るものが沢山あると思います。
日程を調整して合宿に参加しましょう!!
< 考えて稽古をする大切さ >
或る斯道の大家がすべての一流と呼ばれるアスリートで一番沢山行なわれている稽古は
一人稽古であると仰られました。小沼選手を見ていると真剣に自分の世界で次々とこなして
います。最近の中、高生を見ていると(前からかも知れませんが)ふと気づく事が有りました。
私がメニューを与えてそれをこなしていました。少し用事がありその場を離れ戻った時に
生徒を見て唖然としました。或る者は座って話し込んでいて、或る者は更衣室でスマホを
弄り、他の者は休んでいました。メニューといってもこれから行う稽古の前の軽いウォーミング
アップの様なものでした。彼らになんでその様な状態でいるのか聞いてみると、『先生に
言われた事はしました。』と何の悪気もないのです。つまり終わったのでやる事がないと
言う事です。『君達は小学生と同じか!?自分で考えて行動しようとしないのか!』と言うと
『何をすれば良いですか?』と普通に返されました。この子達はきっと一方通行の教えをこの
社会で学んだんだなと理解しました。その他にも少年部の指導の時始まる直前に電話が鳴り
中学生の黒帯に『悪いが基本やっといてくれ!』『押忍!!』との短かい会話の中で彼にまか
せて事務所に行き用を済ませて戻ったら列を乱してガヤガヤ騒いでいました。彼の言い分は
『基本をやりました』だった。彼に『そうかもしれないが先生が戻って来なければ次にやれる事が
あるだろ?いつも何やってる?』『移動とか』『解っているなら次から同じ事を繰り返さない様に
頼むよ!』『押忍!』言われるとやれるのです。本等を読んでいるとアメリカの大学等では
ディスカッション、ケーススタディーつまり、生徒とキャッチボールのやりとりで授業を進めています。
『~の場合は君ならどうする?』『私ならこうします』等相手に常に考えさせる事を取り入れています。
ソクラテスメソッドと言われるこのスタイルはハーバード大学教授マイケル・サンデルが上手に使われて
います。日本では講義型でほぼ一方通行、短い時間での質問はあるかもしれませんけど先生が言われた
事と言うよりも書いた物を一生懸命書き写し、聞くより書く方が忙しくなったりします。我々極真の世界でも
昔は軍隊の影響か先生や先輩に聞き返してはいけなかった。『何か質問ある人!』・・・質問してはいけない
雰囲気がありました。何か言ったら後で先輩にこっぴどく怒られます。(笑)
私が指導の時に少年部の下のクラスに厳しく指導をしていたら気がついたら数人しかいなくなりました。
お母さん方が『厳しくお願いします。』と良く言われるんですが、子供が嫌がって結果的に辞めて行きます。
このままではいけないと思い考え方を改めて怒らず親切丁寧に指導しましたが、子供達は空手をしたくて
入ったのではなく親に入れられて来た子供が殆どなので嫌々な子が多くて中々覚えません。やはり
モチベーションを上手に使ってやらなければならないと思い考え方を又変えました。まずは細かく教えず
流してみた。そのうちに少し上手になった子供が出てくる。教えて上手に出来ない子供の前で審査の紙を
渡した。『~くん、君は本当に頑張った。審査頑張れよ!』次の稽古でやる気のなかった子供が、
『先生審査受けたい!』と言って来た。ここまできたらしめたもので『じゃ~これとこれ上手にやろうネ!』
『押忍!』自分から進んで行う事を彼は覚えた。
それ以来少年部や中、高生に敢えて私は、ソクラテスメソッドを使わせて貰っている。子供達は語彙が
少ないのでどうしても『あれが~え~と・・・』が多いが少しずつ発言する様に成っていった。今は、
中、高生もメニューを与えても自分で繋ぎを行ったり、終わったら先生に聞きに行くという事が出来る様に
なっていった。マイケル・サンデル教授の様には教えられませんがたまに歴史や社会情勢の話をして
意見を求める様な事もしています。黙っていても自分達で稽古しそれを後輩が見て学び先輩を尊敬し
立派で自立できる人間に成って貰いたいです。論語を二章載せます。
子曰わく、憤せずんば啓せず。非せずんば発せず。一隅を挙げて
これに示し、三隅を以て反えらざれば、則ち復たせざるなり。
訳:先生が仰いました。自分で悩み考えない者には指導しない。自分の考えを何と言ったら良いか
解らないというくらいでなければヒントは与えない。一を教えたら三倍の答えや疑問を返してくるので
なければ、二度と教えない。(ここから啓発という言葉が生まれました)
子、子貢に謂いて曰く、女と回と孰れか愈れる。対えて曰わく、賜や、
何ぞ敢て回を望まん。回や一を聞きて以て十を知る。賜や一を聞
きて以て二を知る。子日わく、如かざるなり。吾と女と如かざるなり。
訳:先生が子貢(弟子)に尋ねました。お前と顔回(別の弟子)とどちらが優れているか?
子貢は、私など彼にとても及びません。彼は一を聞いて十を知る事が出来ますが、
私は二を知るくらいがせいぜいです。先生が仰られました。その通り。
私もとても顔回には及ばない。私たちはとても彼には及ばないのだ。
(ここから有名な一を聞いて十を知るという言葉が生まれました)
< 人格者 >
大相撲3月場所の千秋楽最後の一番、勝てば横綱白鵬の優勝という場面で身体を躱し、
いわゆる注文相撲で36回目の賜杯を得ました。しかし場内はブーイング・・・。
何年か前の冬合宿で、ある道場生が私に質問をしました。何故朝青龍はいつもバッシングを
受けるのですか?投げ飛ばしてなぜ手を貸さないと怒られるのですか?との事。確かに
ボクシングやプロレスではあまり見られない光景です。相撲は本来相撲道で道が付いています。
武士道や空手道と同じで元々仏教や儒教、つまり道徳的な事が教えとして入っていると思います。
孟子の説いた惻隠の情が横綱には人格者として必要だと思います。人に対する同情の心が仁に
繋がるという事です。昔、何かで書いたと思いますが武士道でいえば、相手と一騎討ちで勝った時、
寒い冬だとして倒した相手に自分の羽織った衣を掛けてあげて一礼をして去る。相撲でいえば
勝負がついた後なので手を貸してあげる。朝青龍はモンゴルの人なのでたしかに勝った俺が
なんで相手に手を貸すのかと思ったかも知れません。モンゴル人は元々遊牧民族で厳しい環境
で育ちDNAに強く生きる為のノウハウが刻まれているのかもしれません。
先日逝去された前理事長の北の湖親方は横綱を張っていた現役時代やはり朝青龍と同じ様に
相手を投げ飛ばし去って行きました。あの風貌でしかも強く、嫌われる横綱でした。その証拠に
北の湖が負けると(あまり負けなかった)お客さんが大喜び。しかし北の湖は人格者でした。
相手を投げ飛ばして手を貸すのは相手に失礼にあたる。負けて手を貸されたら悔しいし惨めだと
思ったのでしょう。全日本チャンピオンに成られた田村支部長は現役時代強くて嫌われた北の湖
見たいに成りたいと言っていた事を思いだしました。その他に朝青龍がメディアに叩かれていた頃、
北の湖は朝青龍に『私も随分叩かれ嫌われていたよ』と励ましたという。その他にも朝青龍は左利きで
左で手刀を切り注意されていました。何でいけないんだとその後も左手で手刀を切っていたと思います。
ルール上ではおそらく左で切るなとは書いてないんじゃないかと思います。(自論)しかし先程も言いまし
たが仏教や儒教の流れで右利きが正しくて左利きは正しくない。最近でこそ左手で字を書いたり箸を
もったりと自由に成りましたが私の時代は殆どの人が行儀が悪いという事で直されました。
実は私も左利きだったので財布を使う時や何かの時に自然と左を使っています。相撲の指導をされる
方もおそらく今は外国人力士が増えたので日本を理解させる教育をしていると思います。冒頭で話した
白鵬はインタビューで涙を流しながらあのまますぐに終わるとは思わなかったと言う様な事を話して
いました。横綱相撲という言葉がある様に注文相撲は横綱らしくない。横綱なら正面から堂々と相撲を
しろという事でしょう。白鵬の場合は日本の奥さんを貰い日本の環境に慣れ親しんでいると思いますが
怪我の不安や少し優勝から遠のいているという焦りもあったかもしれません。我々でいえば黒帯が横綱
の様な存在かも知れません。黒帯には人格者に値する品や孔子の言葉を借りれば、
仁や徳、恕が備わっていなければならないという事です。つまり強いだけではいけないと言う事です。